//Google Search Console用 有峰神社 | なまろぐ

有峰神社

2021年9月23日有峰, 有峰神社, 有峰神社

うちの母方の先祖は有峰に住んでたそうだ

うちの先祖は有峰の平氏の落ち武者だったと、死んだじいちゃんが生前によく言ってたらしい

母親からたびたび聞いていたその話を、父親の遺品整理で富山にしばらくいたときに、ふと思い出した

図書館や公文書館で調べたら、有峰の住人は実は平氏ではなく源氏方だったようだ

神岡にいた鎌倉方というか北条方の江馬氏という武士が戦いに負けたときに、その家来が有峰に逃げて住み着いたらしい

なので、有峰の住人はもともと飛騨の人間で、富山の人とは言葉が違ってたそうだ

有峰は土地がやせてるので、農民というより狩猟民だったそうだ

なので山賊のような身なりをしてたらしい

なのに、鎌倉兵法を子供の頃から家で読み書きして、尋常小学校では有峰の子は富山の平野の子より勉強ができたそうだ

で、有峰神社

その鎌倉方の落ち武者が住んでた有峰の集落は、ダム湖の底に沈んで、今は有峰湖になっている

その有峰湖に宝来島というのがあって、そこに有峰神社があるらしい

そこで毎年、祭礼があるとネットで見て、行ってみたいと思っていた

富山に墓参りに行ったときに、ふと思い出して、調べてみた

有峰文化村というレクリエーション施設に、とりあえず問い合わせしてみたら、有峰神社は北陸電力の管理だと言う

ということで、北陸電力にネットで問い合わせてみたら、丁寧に電話で回答してくれた

有峰神社は北陸電力が管理していて、毎年10月に祭礼があるらしい

が、島には橋がないので、一般人の参加はできないそうだ

残念

今は湖の底に先祖の土地が沈んでいる

そう考えるたびに、何だか不思議な気分になる

自分が住んでたわけでもない土地に、なんだか愛着を感じている

有峰が湖に沈んだとき、住人は富山や飛騨のあちこちに移ったそうだ

北陸電力から補償金をもらって、ぱーっと使った者もいたとか

うちの墓を見ると、うちのじいちゃんは三代目と書いてあった

戦争で戸籍が焼けて、詳細は分からなかったが、三代目から想像するに、じいちゃんのじいちゃんが有峰から出てきたのだろう

有峰の本を読むと、有峰の生活は貧しかったというか、厳しかったらしい

たびたび飢饉にあい、住人はどんどん減っていったそうだ

長男以外は下男として有峰に住み続けるか、有峰から出ていく習わしだったらしい

うちのじいちゃんのじいちゃんも、そうやって有峰から富山の平野に出てきたのかな、と想像する

うちのじいちゃんは、若い頃、富山の街に住んでたようだ

大正生まれの人で、その頃の写真集なんかをみると、富山の街の賑わいがよく分かる

うちの母親も、子供のころにじいちゃんにつれられて街をぶらぶらしたり、英映画を見たりしたそうだ

じいちゃんは戦争に行って、上海に行き、重慶で終戦だったと言ってたそうだ

1回だけ直接その話を聞いた

が、軍歴を厚生労働省から取り寄せてみてみたら、重慶の記載はなかった

南京と記憶違いをしてるように思うが、当時の一兵卒としては、戦争で重慶まで行ったんだぞ、というのが誉れだったのかもしれない

実際に日本軍は重慶は陥落させてなかったようだし

が、南京までは行ってたようなので、それはそれですごい話だ

整備兵だったらしく、軍曹までなってた

本人も言ってたようで、優秀だったので可愛がられたらしい

水木しげるの話とは、えらい違いだ

当時の兵卒はみんなビンタされてるものだと思ってた

終戦のときに、上官から胃腸薬をもらって、そのお陰で日本に帰ってこれた、というのが口癖だったそうだ

当時の帰還の話は、テレビでみても本で読んでも、それはそれは壮絶極まる状況だったのが想像に難くない

戦後、富山に戻ったら、父親は亡くなってたようだ

戸籍からすると、そうなる

じいちゃんの妹が看取ったのかもしれないが、そのあたりの話は母親も聞いたことがないらしい

つらい時代だったのかもしれない

じいちゃんに、兄とおそらく姉がいたのも、墓を見て知った

しかし、生年も没年も書いてなくて、分からなかった

戸籍も焼けて無くなってるので、分からずじまい

じいちゃんも名前しか知らなかった可能性もある

じいちゃんの父親は、あまり家に居なかったらしい

仕事なのか、なんなのかは分からない

有峰の本によると、有峰の人は富山に出てからも、有峰によく行っていたらしい

それは、富山で仕事がなかったことや、有峰に愛着があったから、ということらしい

じいちゃんの若い頃は、貧しかったそうだ

戦争から帰ってじいちゃんが妹を食わせた、とじいちゃんが言っていたそうだ

妹は嫁にやり、じいちゃんも嫁を貰い、会社勤めをして、それでようやく生活できるようになったそうだ

なんとも、すごい時代だ

今の時代には、あまり想像できない

有峰のことを想うと、なんだか切ない気持ちになり、あれこれ想像がかきたてられる

でも、いろいろ知れてよかった

また機会があったら有峰に行ってみようと思う

この前の墓参りでは、雄山博物館に行こうと思ったのだが、コロナでやってなさそうだった

また立山と有峰に行ってみようと思う

自分はなんの縁もないのに、不思議なもんだ

2021年9月23日有峰, 有峰神社, 有峰神社